福光に住む人々を見守るようにそびえる医王山。人々もまた、朝日や夕日に映えるその山並みを仰ぎみて暮らしてきました。共存しながら生活には切り離せない一部分となっている医王山。今回のいいとこみっけでは、医王山の自然・文化・登山にスポットをおき紹介します。
福写応募ページ 小矢部川の美しい風景。誰も知らない素敵なスポット。他にもある小矢部川の顔…など、地図や福写からどんどん紹介します。ご投稿お待ちしております。
福光町民の翼 (2002.06) 福光町合併50周年記念 (2002.05) いいとこみっけ
福光地方は、昭和42年に小矢部川刀利ダムが完成してからは、水利状況も一変し、農地も改良され、雨乞い行事は遠い昔の夢と化しました。
舘村では、女は山の中で座ってはならないと言われていました。座ると蛇が体に入るのを恐れたからです。また、女・子供は山へ行っても手のひらの筋が見えるうちに帰ってくること、もしこれを守らないと天狗がさらっていくと教えれられていました。 二俣では、葬式のあった家では山を汚すと信じられていたということで7日忌が済むまで山に入ってはならないと言い伝えられました。 田島では、山へ弁当を持っていくとき、箸は山の木の枝を折って作るので、箸を持っていかなかったといいます。 香城寺では、いつ頃かは定かではありませんが、医王山は女人禁制とされていたと言います。