| 槍の先川 |
佐々成政が城ヶ山に住んでいたとき、明神川の水を飲料水としていましたが、前田利家の兵に責められ水源を絶たれ、ついに城は攻め落とされました。それは水がまったくなかったためと残念に思い、山腹を携帯していた槍で突いたところ水がでてきたと伝えられています。
蕗平山の半腹を水源として両岸の山々を振動させて今にながれています。 |
| 山田川 |
『越中地誌』に山田郷(袴腰山)より流出し、小矢部川へ流れるとあります。 |
| 打尾川 |
臼中村、樋瀬戸村から流れ出て、小矢部川へ落ち合います。 |
| 大井川 |
水上谷から流れ出て、山田川と合流します。 |
| 明神川 |
広瀬舘、祖谷など6ヶ村より流れ出て、小矢部川へ落ち合います。 |
| 糸谷川 |
医王山から流れ出て、小矢部川へ落ち合います。 |
| 中根川 |
小院瀬見の山より流れ出て、小矢部川に落ち合います。 |
| 吉見谷川 |
高吊桶山(タカツブレヤマ)より流れ出て、小矢部川に落ち合います。 |
| 太谷川 |
小二又、才川七から流れ出て、小矢部川に落ち合います。 |
| 渋江川 |
小又、土山、蔵原、湯谷、砂子谷より流れ出て、小矢部川に落ち合います。 |
| 紅川 |
痘瘡(トウショウ)が流行のとき、宇佐八幡宮へ赤い着物を着た人が多く参詣しました。その紅衣がこの川に映りこの名前になったといわれています。 |